「The Story of J 」を、どう受け取るか。ーその素晴らしさと、二つの違和感ー
我らがSKY-HIのプライベートチャンネルから、また刺激的な作品が公開されましたね。
"SkyHidaka_private"と名付けられたこのチャンネルは、メジャーデビュー以前からSKY-HIの個人的な作品(商業的ではないもの)がアップロードされれきたわけですが…
6月22日の夜に投稿されたのが、「The Story of J」。キョウボウザイ、Logic (1-800-273-8255)のビートジャック、に続き、SKY-HIの社会的意識が見えてくる作品です。
”J”という主人公と、金髪の婦人メアリー、そして謎の男コディ。三人の、一筋縄ではいかない人間関係を描いた曲…なのですが、どの国とどの国の風刺であるかは明らかかと思います。
具体的には、6月の大ニュース、米・北首脳会談に反応する作品です。
ミサイルに怯える日々が終わるかもしれない!という希望が見えてきた一方…「これからの後片付けにかかるお金は日本と韓国で払ってね」(めちゃくちゃ要約です)とゆーようなトランプ大統領の発言に、理不尽さもある…というような情勢を風刺しているんだと思います。
たまたま学校で国際政治(近代史もかじる)をやっていたこともあり…何回も聞いて、いろいろと思うところありました。
私なんぞが批評をするなどおこがましいですが、感想を書いていきます。
めちゃくちゃ有意義な作品です
「ラッパーは社会を映す鏡」。
そう言って、
その通り行動する姿勢を、
ものすごくリスペクト。
リスク覚悟でやってるんだと思う。
相当な勇気と知性がいる。
バランス感覚もいる。
ものすごくリスペクト。
…
もちろん、賛否両論です。SKY-HIほど器用な人でも賛否両論なんだから、他のアーティストには簡単に手出しできるトピックじゃない。
だからまぁ、
日本でこんなことできるメジャーアーティストは
SKY-HIしかいないのかなぁ、と思います。
そこはほんっっっとうに、
リスペクト。
そして、こういう活動を許しているエイベックスもすごい。十年以上に及ぶ活動で証明された日高光啓という人間の知性と精神に、絶大な信頼をおいているからこそ許されるんだと思う。新人アーティストがこれをやるってなったら話は別だと思う。
楽曲としてめちゃくちゃかっこいい。
で、とりあえずまずは好きなところ言って良いですか!?(笑)
音楽的にめちゃかっこよくないっすか
トラックは、ちょっと小馬鹿にしたようなというか(言い方)ホァホァしたあの金管楽器の音が、風刺の雰囲気にぴったり。闇を感じるマーチングというか…某軍事パレードのような情景を感じます。
んで、後半でガラッと雰囲気が変わって、低音のストリングスが緊張感を作り出す、ドラマチックでかっこいい感じも…ゾクゾクします。
この感じだったら、SKY-HI、国産Hamilton*1作れそう。つかそう考えるとめちゃくちゃハミルトン。Spotifyでサントラ聴いてるに10票。
それにさ、ボーカルよ。
高いレの音まであんな力強い声で出るなんて聞いてないんですけど!あのクライマックスにさしかかるところ!すげえ!
多分、ミックスボイスって言って、ミュージカルとかポップスとかで使われる高音の出し方をしている気がするんだけど…手術をして、ボイストレーニングをしたのが功を奏しているのでしょうが…ここ最近のSKY-HIのボーカル力、あいつ半端ないって。言っといてやできるんやったら〜(絶賛流行りに乗るにわか)
ライムもフローもかっこいいし…後半、メアリーとJの会話を、落語みたいに演じ分ける感じもすごい好きっす。私、演技モードに入ってるSKY-HI、めちゃ好きなんだよなぁ。「ぁ…驚いたぁ…しセキュリティのローンが…」の口調とか特にツボ。
リリックも、こうきたか!というような例え話で、人間ドラマとしても、風刺としても面白いです。戦争を「夏の日の喧嘩」、首脳会談をオープンカフェでのお茶に例えちゃう大胆さも、風刺としてはすごい痛快です。
あとは、フックの部分が特に心に残りました。「全部聞かないとわからない 昔の話覚えてない」なんていうのは、たった今起きている政治を理解するためには、歴史を学ぶ必要があること、そして今の日本で近代史が軽視されがちなことを揶揄していたりするのかなぁと思ったり。
だがしかし…
初めて聞いた時の印象は「日本ラップ界の池上彰現る!」だったんですけど…何回か聞いているうちに、「こりゃそうじゃないな」と。
この曲はパッシブリスニングしちゃいけないやつ。「へぇ〜池上さんわかりやすいなぁ〜なるほど〜」じゃなくて、「えっ、この人の言っていることって実際はどうなのかな?気になるなぁ、調べてみよ」と考えたくなるやつだなぁ。と。
で、アクティブリスニングで、自分の知っていることと照らし合わせながら聞いていくと、ちょっとばかし、異を唱えたくなる部分がありました。ガキンチョの私が、おこがましい限りですが。あくまでいちリスナーとして。
ただ、やっぱり香港に住んで思うのは、「Story of J」のもう一つの側面って、避けられがちだよなぁということ。
— かおり (@kaoru_flyersHK) 2018年6月22日
そりゃ、Jはメアリーと喧嘩して家をメチャメチャにされたけれど…
その前にJ「が」メアリー邸の庭先荒らしたんだよ。コディの家をメチャメチャにしてるんだよ。
例え話という次元では、かなり的を得ているんだけど…あの一曲だけでは、どうしても物語のすべては語れないよね。
— かおり (@kaoru_flyersHK) 2018年6月22日
コディがストーカーになった理由の一つに、Jとメアリーの暴力もあるわけで…
あとは、「夏の日の喧嘩」だって、メアリーのヒステリーと言い切れない気がするなぁ。
ちょっとこう、Jに肩入れするような描写が目立つかなぁ、なんて。
違和感の正体
「えっSKY-HIの言っていること、間違いなの!?」みたいに心配される方もいるかもしれませんが、そうじゃなくて。
私の感じた違和感は二種類。
一つは、10話完結のドラマのうち、4話と6話を見損ねたような違和感。
もう一つは、二人の主人公がいるドラマで、そのうちの一人のシーンばっかりつなぎ合わせて見たような違和感。
この結果、少しばかりJに都合のいい描写が多い印象を受けた気がします。
一つ目の違和感
歴史とか政治って、フックで言っている通り、「最近この前大昔 全部聞かないとわからない」わけで…じゃあ果たしてこの曲が、今日の外交問題を理解するために知るべき「Story」を全部語っているかといえば、そうではない。
実際、5分弱の曲ひとつでは、日米北の外交の歴史を語るにはあまりに短すぎるかなぁ、なんて思うのです。そもそも、「Story of J」をちゃんと語ろうというのなら、近代史だけでもアルバム一個くらいの量にはなるはず。
今回の曲をドラマに例えると、1〜3話の、メアリーとの出会い〜恋愛初期が前半部でじっくり語られて、省略された4話にあたるのがなんで「夏の日の喧嘩」が始まったのか。つまり、太平洋戦争にいたるまでのプロセス、と解釈できるリリックがない。
ツイートに書いたように、近代史を忠実に風刺するなら、夏の日の喧嘩はメアリーのヒステリーじゃなくてJの凶暴化*2から始まったんじゃなかったかなぁと思うから。
で、もう一つ省略された第6話は、朝鮮戦争にあたる部分かなぁと。Jの物語とは直接関係がない気もしれませんが、Jが一念発起して大金持ちになった理由の一つでもあるし、コディとメアリーの関係がこじれた理由の一つだし…
だいたい、ドラマの4話と6話あたりって、クライマックスと直接関係はしないけど、登場人物のバックグラウンドを知るのに必要なエピソードがあったりするじゃないですか。そこがないと、ちょっと、痒いところに手が届かない感覚、というかなんというか…それに近いものを感じました。
ただし、ここをしっかり書こうと思うと、デリケートな話題だから言葉を練らなきゃいけないし…やっぱりアルバム一枚分にはなる。”瞬発力”が必要な時事ネタでは、話題がフレッシュなうちに一曲分作るのでも相当大変だから、この部分の省略は仕方がないことなのかもしれないけれど…
まぁ、ちょっと気になってしまいました。
二つ目の違和感
突然、図解で表現してみたんですが…
ここ↑にある、
「This is true」=これは正しい
「This is truth」=これが真実だ
っていうのには若干ニュアンスに違いがあるんですよね。
言うなれば今回の曲は、Jの視点を主体にしたせいで、この立体を青いライトでしか照らしていないようなものだと思うんですよ。本当は円柱の形をしているのに、影を見るだけだと円しか見えなくて、ボールだと勘違いしちゃう。
この曲の主人公は、もちろんJなんだけど…メアリーもコディの視点というのもそれぞれ重要。ツイートにも書きましたが、「Story of J」のリリックは、物語の一つの側面しか描ききれていないような気がします。もう一つの側面もあるよ、と。
例えば、仮にメアリーがStory of Jを聞いたら、「何言ってんのよ、あの日の喧嘩はあんたが仕掛けたんじゃないのよ!」ってブーブー言うと思うんですよね(笑)
コディもコディで、「僕はストーカーなんかじゃない。ただメアリーと対等に話せるようになりたかっただけで…でも不器用だから、どうしたら良いのかわからなかったんだ。」って言うかもしれないし。
…というように、視点が違うことでいろいろな意見が出てきます。今回の曲では、Jは振り回されてばっかりの被害者的な扱いを受けている印象ですが…そんなこともないかなと。だってほら、喧嘩両成敗だから()
これが、二つ目の違和感です。
まぁその一方で、この夏の日の喧嘩の是非が曲の最大のテーマじゃないことも、覚えておきたいですね。だからまぁ、私も過剰に反応しすぎなんじゃないかと、ここまで書いておきながら反省しているんですが。
どちらかというと議論の焦点は(たぶん)カフェの支払いもセキュリティのローンも背負った、Jくんの懐具合ですから。
中まとめ「きっかけ」としての意義
ちょっとまとめると、例え話のレベルでは的を得ているし、風刺としての役割は果たしているけど…この曲は教科書じゃない。というのが感想です。
例えば、「ベルサイユのばら」を読んでフランス革命に興味を持つのはすっごく良いことだと思うけど、フランス革命をちゃんと学びたい人は別の歴史書を読むべきじゃないですか。『オスカルとアンドレ、実在しないやんけ!』って。そんな感じ。(例えが古い)
たぶんSKY-HIは、”Story of J”を「興味を持つきっかけ」として聴いて欲しいんじゃないかと思う。教科書のつもりで作っていないと思う。
だって「風刺」なんですもん。面白半分、コンシャス半分で、時事ネタを皮肉るのが、風刺ですよね。だからリスナーとしても、そこまで肩肘張らず、面白半分で聞けばいいんだと思います。(政治を面白半分で扱うとはなんと不謹慎な!みたいなムードが日本にはあるかもしれませんが…汗)
フライヤーズは素直で真面目で聞き分けが良い人が多いから、この曲の意味するところをちょっと理解できた時点で、
「へぇ〜そうなんですね!めちゃくちゃ勉強になりました!すごいです最高です!」
と反応する方も多いと思います。ある意味、ファンとしては間違ったことじゃないかもしれない。
ただそれって、一部の人たちからすると、SKY-HIの言うことを鵜呑みにしているように見えてしまう。「ちょっとそれはまずいんじゃないの?」となっちゃうんだろうなぁと思います。
「影響力あるんだから、もっと気をつけて」って言う人たちの心配の種は、それかなと。影響力って、諸刃の剣ですね。
これが、私の考える、Story of Jの良いところと、違和感の実態です。
おわりに:『作品を、どう受け取るか』
今回の件はSKY-HI自身の言動がどうこう、とゆーのと同じくらい、受け取る側の問題でもあるのかなぁと。
例えば、他のラッパーさん。この曲に対してアクションを起こす人が現れるか。この曲が描ききれなかった物語の側面を、誰かが音楽で提供できるか…だから、なんで今回はトラックとかボーカル素材を公開してないのかなぁ〜と思ったり。追記:すみません、すでに公開してありましたね。
例えば音楽ライターさん。ツイッターで見る限り、概ね賞賛する声が多くて…それは喜ばしいことだろうし、リリック云々より行動そのものは、賞賛に値すると思います。ただ、もうちょっとツッコんだ評論・分析ってでないのかなぁ…なんて。(だから私がでしゃばってるのかもしれませんが…)
そして何より、私たちが、この曲をどう受け取り、どう考えるか。
もちろん、曲の愛し方は様々。私は好きでゴチャゴチャ書く人間ですが…分析とか面倒だし、いろいろ考えるのが苦手な人も、発信するのが好みじゃない人も、社会系の科目が得意分野じゃない人もいると思います。それはリスペクト。
でも、考えるきっかけに出会った以上、頭の隅っこでぼんやりとでも考えるだけでも、とっても有意義だと思います。 考えた結果、”もう〜わからん!”ってなったとしても、一歩前進していると思うんです。
こんな長ったらしいブログも…まぁ自己満で書いているだけですが、誰かが”考える”ためのお手伝いになっていれば嬉しいですし。私以外にも、いろんな方が感想ブログやツイートをされてますし。いろんな人の意見をディグるの、楽しいですよ♫
私たちの、ひとつひとつの”考え”が積み重なったら、ちょっと良い方に進むんじゃないかなぁ、って。
だってこの話の続きは、私たちが作っていくのだから。
最後に改めて、私に考えるきっかけをくれたSKY-HIに、愛と感謝とリスペクトを。